自己分析を極める就活生
カフェでとなりの学生が話をしているのを何となく聞いていると、その学生が就職活動に向けた準備をしているらしく、そこで面白いことを言っていました。
「徹底的に自己分析を極める。自分の長所/短所を完璧に理解して説明できるようにする」
就活や就活生の話を聞く機会があると、実際、”自己分析”はよく出るテーマです。
自分の長所/短所、強み/弱点を分析して、特に前者をアピールできるようにする、というのです。
僕自身は真面目に就活をしたことがないからよく分からないのですが(苦笑)、アルバイト履歴書にも「長所/短所」を書く欄があったくらいですから、就活においても、自己分析はいつでもある程度要求される項目だったと思います。
とはいえ、カフェで見た学生の”前のめり”な姿勢を見て、この自己分析を重要視する傾向は、昨今、ますます著しくなっているのかも知れないと感じました。
就活というのは基本的に手続きであり採用試験ですから、受ける側は採用する側の要求に応えようとせざる得ない。なので、これ自体の良い悪いの話をしません。
しかし、就活生のように自己分析し、自分の長所/強みを定義することは必ずしも良いこととは限らず、創造的に生きようとする上ではトラップにもなり得る。
今日はそんな話です。
幽霊との対話 – 自己アイデンティティの悩みの中で
最近、友人との会話の中で、彼が「自分の強みが分からないのが今の悩み」と言いました。
どういうことか?もう少し詳しく聞くと、彼いわく、
「何か目的があった時に、その目的を達成するために自分の強みを活かしたい。その自分の強みが分からない」
という話でした。
「それは奇妙な悩みだ」と即答しました。
「自分の強みを知りたい」という意味と気持ちは分からなくもないですが、「何か目的達成に生かすために」という文脈で悩むというのはおかしい。
というのは、”強み”が活かせるかどうかというのは”目的”によるのです。
目的が先にあって、そのために使える方法や手段が決まる。これは創造行為における原則です。
予め「自分の強み」を何か持っていたとしても、それがある目的にとって使えるかどうかは、分からないのです。
もしかしたら、彼に強みがあっても、次に達成したい目的にはそれは役に立たないかも知れない。
「強み」以外の要素を試したり学んだりする必要があるかも知れない。
むしろ新しい目的を達成するときは、今の自分の思いつかない方法を見つけ出したし、新しい能力を開発する必要があることが多いものです。
いずれにしても、目的が曖昧なままで”強み”もヘッタクレもない。
と考えれば、彼の悩み(というより悩み方)は、極端に言えば、
「存在するかしないかも分からない相手と何を話すべきか分からなくて悩んでいる」
と言ってるような話で、奇妙なのです。
要するに、”目的”など関係なく、単に”自分自身について”の悩みであり、「自分とはどういう者か?」という自己アイデンティティに囚われた考え方とも言えます。
得意なことをしなくていい
こういった発想は一般的にも浸透していて、例えば「適性診断」のようなものや、「得意なことをする」といった考え方に現れています。
それ自体の良し悪しの話ではありません。
ではなく、「適性の診断結果」や「(今)得意なこと」によって、将来の仕事や人生の方向性を決めるという考え方は、妥当でしょうか?
例えば、適性診断や自分の得意なことに従って、友人や趣味を選ぶ人は少ないと思います。大抵の人は、好きな人と付き合い、好きなことに挑戦するでしょう。
しかし仕事や将来のように、ちょっと真面目なトピックになると、今の自分を測り、”今の自分にちょうど良さそうなもの”を選ぼうとしてしまいがちです。型に嵌ろうとするがごとく、です。
この考え方は、人間の自由な創造性にとって役に立ちません。
何より、「自分の望みを自分で選ぶ」という、創造にとって大切な要件を蔑ろにしてしまいます。
“今の自分にできそうなこと”や、”今の自分にちょうど良さそうなもの”を選択し続けて、あとあとになって、それが自分の本当に欲しいものじゃなかったことに気づく・・
そんな結末は残念です。しかし世間には決して珍しい話ではありません。
自分を知ることは場合によっては有意義なことですが、それが発想の中心になってしまうことで、えてして視野を狭めてしまう。創造の精神を損なってしまうのです。
本当の望みにフォーカスする
自己評価を判断基準にする癖がついているとしたら、小さな、しかしパワフルな発想の転換が必要です。
「自分はどうか」から考えるのではなく、「何を望むか」から考えるのです。
そしてプロセスは目的に依存します。
「どんな方法・手段が使えるか?」
「自分の強みがあればそれを活かせるか否か」
「足りないものがあればどうすればいいか」..
それらは目的によって導き出されます。
そしてその目的は、自分の本当の望みによるもの。
その選択が創造的な人生に先立ちます。